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高松高等裁判所 昭和29年(ネ)110号 判決

第一一一号事件控訴人・第一一〇号事件被控訴人(原告) 川内儀一郎

第一一一号事件被控訴人・第一一〇号事件控訴人(被告) 徳島県知事

主文

原判決を次の通り変更する。

第一審被告は第一審原告に対し金八万六千四百円及びこれに対する昭和二十八年七月二十六日以降完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。

第一審原告のその余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じこれを十分しその一を第一審被告の負担、その余を第一審原告の負担とする。

事実

第一審原告代理人は、「原判決を次の通り変更する。第一審被告は第一審原告に対し金百二十九万六千円及びこれに対する昭和二十八年七月二十六日以降完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審共第一審被告の負担とする。」との判決を求め、第一審被告の控訴に対し控訴棄却の判決を求めた。第一審被告代理人は、「原判決中第一審被告敗訴部分を取消す。第一審原告の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共第一審原告の負担とする。」との判決を求め、第一審原告の控訴に対し控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、

第一審原告代理人において、本件収用せられた土地は第一審原告が先祖から承継しこれを子孫に伝えんとした宅地であり、第一審原告としてはこれを手放すに忍びなかつたものであるところ、徳島県収用委員会が右宅地の損失補償額を決定するに当り土地所有者たる第一審原告の本件土地に対する右の如き特殊関係を何等考慮に加えていないのは失当であり、本件土地に対する補償額は不当に低額である。と附述し、第一審被告の弁済供託の主張に対し、第一審被告が昭和二十八年七月二十五日金二十五万九千二百円を供託した事実はこれを認めるが、その主張の如く第一審原告に対し弁済の提供をした事実及び第一審原告がその受領を拒んだ事実はこれを否認する。従つて第一審被告主張の弁済供託は不適法である。と答え、尚本訴請求金百二十九万六千円に対し本件土地収用時期の翌日たる昭和二十八年七月二十六日以降完済に至る迄民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を併せ請求する。と述べ、

第一審被告代理人において、第一審被告は昭和二十八年七月二十五日第一審原告に対し本件土地の収用補償額金二十五万九千二百円を支払のため提供したが、第一審原告においてその受領を拒んだので同日徳島地方法務局に右金員を弁済供託したものである。と述べた外原判決事実摘示と同一であるからここにこれを引用する。

(立証省略)

理由

徳島県収用委員会が昭和二八年七月十五日第一審原告所有に係る徳島県名西郡石井町大字石井字原四百四十番地の一、宅地百十二坪の内三十二坪四合及び同所四百四十番地の二、宅地五十四坪、以上合計八十六坪四合を起業者たる第一審被告の行う県道徳島池田線改築事業のため収用時期を同年七月二十五日、損失補償額を金二十五万九千二百円(坪当り金三千円)として収用する旨の裁決をした事実は本件当事者間に争がない。

仍て本件土地に対する補償額につき検討するに、原審における鑑定人阿部重憲、同森岡五郎、同一宮暹、同植田最一、同立石正一、同島崎栄、当審における鑑定人正井隆重、同篠原高敬の各鑑定の結果を彼此綜合し、これに当審における検証の結果により認められる本件土地の位置及び附近の状況等を考慮に加えれば、本件土地の収用時期である昭和二十八年七月二十五日当時における価格は坪当り金四千円が相当と認められる。

第一審原告は、本件土地は徳島県名西郡石井町における中枢地区(通称十字路)に接近せる土地であつて、商業上石井町の優等地であり、近時地価昂騰し近傍類地の売買価格は坪当り一万五、六千円を称えていると主張するけれども、前掲各鑑定の結果(但し原審における鑑定人阿部重憲、同森岡五郎の各鑑定の結果を除く)及び当審における検証の結果に徴すれば、本件土地の位置が必ずしも石井町における一等地であるとは認め難く、また第一審原告提出に係る甲第一、第二及び第五号証に記載された本件土地の評価額並に当審における証人林正一、同吉岡鹿蔵、同岩佐知市、同三浦明勝、同中辻清太郎、同佐藤吉蔵、同岩崎始、同仁木信太郎の各証言並に第一審原告本人の供述中本件土地に対する評価額の部分は前掲各鑑定の結果と対比してにわかに採用し難い。尚第一審原告は補償額決定に際し本件土地が先祖伝来の土地であることをも考慮に加えるべきであると主張するけれども、土地収用法第七十二条にいわゆる「相当な価格」とは当該土地の一般的利用価値換言すれば客観的評価における価格を指すものであることは多言を要しないところであり、土地所有者が当該土地に対し有する愛着心その他主観的な価値は補償額決定に際しこれを考慮に加える必要がないものと謂わなければならないから、第一審原告の右主張は理由がない。

次に第一審被告は、本件土地の補償額は収用委員会の決定した坪当り金三千円が相当であると主張し、成立に争のない乙第四号証及び当審証人福原勝一の証言によれば、本件土地附近の宅地であつて徳島県が任意交渉又は和解により買収したものの価格は坪当り金二千四百円が最高であつたことを認めることができるけれども、右事実は未だ前記認定を左右するに足らず、その他第一審被告の提出援用に係る各証拠によつても前記認定を動かすことができない。

従つて本件収用土地の総面積八十六坪四合に対する補償金額は一坪金四千円の割合により合計金三十四万五千六百円となり、前記収用委員会が本件収用土地の補償額を一坪金三千円の割合による金二十五万九千二百円相当と裁決したのは過少であると謂わなければならない。

而して成立に争のない乙第六号証及び当審証人福原勝一の証言に徴すれば、第一審被告は本件土地収用の時期までに収用委員会の裁決に係る前記補償金額二十五万九千二百円を払渡のため徳島県土木部勤務の吏員をして第一審原告宅へ持参させたが、第一審原告はその受領を拒んだため昭和二十八年七月二十五日土地収用法第九十五条第二項の規定に基き右金員を徳島地方法務局に供託した事実を認めることができ、当審における第一審原告本人の供述中右認定に反する部分は措信し難く、右供託は弁済供託として適法であると謂わなければならない。

然らば第一審被告は第一審原告に対し前記金三十四万五千六百円より右金二十五万九千二百円を控除した金八万六千四百円を支払うべき義務があること明らかであり、また収用せられた土地の所有者は補償額不服の訴において増額部分に対する収用の時期より増額払渡の日に至る迄の法定利率(年五分)に相当する金額をも補償として併せて請求することを得るものと解するを相当とするから(大審院大正四年七月十二日判決参照)、第一審原告の本訴請求中第一審被告に対し金八万六千四百円及びこれに対する収用時期の翌日たる昭和二十八年七月二十六日以降完済に至る迄民法所定年五分の割合による金員の支払を求める部分は正当であり、その余の部分は失当であると謂わなければならない。

仍て第一審被告に対し金三十四万五千六百円の支払を命じた原判決は右の限度において変更を免れないから、民事訴訟法第三百八十六条第九十六条第九十二条第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 石丸友二郎 浮田茂男 橘盛行)

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